【翻訳のプロ直伝】翻訳業務は「気配り」でクオリティが上がる

コラム

英語学習者にとって、翻訳の仕事はスキルを活かすために真っ先に思い浮かぶ仕事でしょう。

「英語はできるし、日本語は母国語だ。つまり、翻訳の仕事できるっしょ?」

こういう考えを持つ人もいるかもしれませんが、現実はそんなに甘くありません。
少しでも翻訳という仕事を正しく理解していただき、あなたがすばらしい翻訳者としてキャリアをスタートをするために理解しておくべきことを記載します。

なお、記載内容はゲーム業界に少し偏った内容となっていますので、その点ご理解ください。

翻訳者が理解すべき作業工程

翻訳するに当たって、工程を分けると下記のようになります。
小規模プロジェクトはこの限りではないですが、規模が大きくなればなるほど関与しなければならない領域は増え、次第に役割も分かれます。

  • ファミリアライズ(グロッサリー、スタイルガイド、タグ)
    シナリオの理解や、登場人物の理解、固有名詞、呼称や人称代名詞の統一、翻訳時をルール決め、ゲーム実装時に反映されるテキストタグを決めたり、企画メンバーと調整をします。
    翻訳支援ツールを使う場合、単語登録など初期セットアップも行います。
    ファミリアライズをしっかりやっておくことで後の手戻りが減ります。
    プロジェクトが大きく、関わるメンバーが大きいほど綿密なファミリアライズを行うことが重要です。
  • 翻訳作業
    ファミリアライズの工程で理解したことや決めたことに沿って実翻訳作業を進めます。
    翻訳文字数が多く分業が必要な場合、チームとして複数の翻訳者や校閲者、それらを管理するマネージャーが必要となります。
  • カルチャライズ
    翻訳した言語のオーディエンスの文化に合わせてテキストを調整します。
    詩の引用、常套句、ことわざ、例え、宗教的背景、政治的背景などを考慮して、オーディエンスが自然に理解できるようにします。
  • 倫理チェック
    カルチャライズに内包されることもあります。
    各国の文化、宗教、政治など、倫理的に問題がないかどうかを確認します。
    例えば、アメリカだとOKだけど日本だとNGなハンドサインがないかとか、コンテンツとして世に出すと問題になるものがないかを確認する作業です。
    センシティブな作業ですので、最近のニュースや地政学的なあらゆるリスクを考慮する必要があります。
  • 台本化
    翻訳したテキストが音声収録される場合、テキストを台本化する必要があります。
    台本は基本的に縦書きで、所定のルールがありますので、それに合わせて書式を直す必要があります。(翻訳者の仕事ではないことがほとんどかと思います)
  • 音声収録
    声優さんに音声を吹き込んでいただく場合、収録現場に立ち会う可能性があります。
    また、声優さんが発話しやすいようにその場でアドリブでテキストが変わることも多々あります。
    その場合、後でテキストを修正する必要があります。
    翻訳者としては、声優さんやナレーターさんの気持ちになって、声に出して文章を読んだときに違和感がないか意識するとクオリティが上がるでしょう。
    必要以上に文語的な表現を使わないよう意識しましょう。
  • LQA
    翻訳したテキストをWebページやゲームなどの画面に反映させたときに、文字がはみ出していないか、可読性が確保できているか、文字化けしていないかなど、あらゆる側面で問題がないかを確認します。

翻訳の仕事でも「後工程はお客様」

翻訳作業に関連した作業を列挙しましたが、あなたの理解はどの程度だったでしょうか?
「全部含めて翻訳でしょ?」と思う人もいれば、「翻訳作業が翻訳者の仕事でしょ?」と思う人もいるでしょう。

実際のところ、あなたは「翻訳作業」だけを行う可能性が高いかもしれません。
重要なことは、前後の作業を理解することと、前後の作業に影響が出ない範囲で翻訳スキルを発揮することだと私は思います。

当たり前ですが、翻訳者がもっとも磨くべきスキルは翻訳のスキルです。
しかし、あなたが素晴らしい翻訳をしたと思っていても、後工程の人が困ってしまうような仕事をしていれば元も子もありません。

「後工程はお客様」とはよく言ったものですが、翻訳という業務の性質上、全体の作業の下流工程にあるためこの考えは非常に重要です。

また、後工程のことを理解しておくことで全体のクオリティが上がることもあります。

明日からできること

色々と書きましたが、実は明日から実践できることがたくさんあります。
あなたが取るべき行動は、後工程の作業のスペシャリストになることではなく、「後工程のことを気に掛ける」ことなのです。

下記に、明日からできるTodoを記載します。

  • 音声収録は予定しているかを確認する(あわせて、発話者がどんなキャラクターなのか、カットシーンでの尺がどの程度なのかなど)
  • LQAへの影響を考慮して、1行に何文字まで表示できる想定なのかを確認する(表示箇所によって仕様が変わるはずなので、仕様書を共有いただく)
  • 物語やキャラクターの設定資料を取り寄せる
  • テキストに含まれるタグがどのように表示されるのかを確認しておく
  • 翻訳したものが反映された際に、実装物を見せてほしいと依頼する

これらはほんの一例ですが、コンテンツ全体のことを把握することで翻訳作業を進めていく中で全体最適に繋がる作業を行うことができます。

ゲーム翻訳の世界では、テキストデータだけが送られてくるケースが多いです。
実際のゲーム映像を後で確認すると、まったくシチュエーションにマッチしない翻訳になっており手戻りが発生することも少なくありません。
フリーでの仕事であれば、翻訳をしたらそこで作業が完了となり、実際どんな形で翻訳したテキストが反映されるのかわからないこともあるでしょう。

翻訳者が主体的になり、コンテンツ全体のことを気に掛けるだけでクオリティは上がるはずです。

視野を広げることで信頼を勝ち取る

後工程のことをイメージして作業を行い、クライアントやチームメイトとコミュニケーションを取ることでクオリティが上がり、全体の作業効率も上がります。
少し視野を広げて仕事をすることで、周りが気持ちよく仕事ができるようになります。

結果として、あなたが素晴らしい翻訳者であることが認められるかもしれないです。
仮に同じ翻訳スキルを持つ人がいたとして、あなたは「ほかの作業を気にかけてくれる人」と「そうでない人」のどちらと働きたいでしょうか?

翻訳スキルを評価できる人は、「言語力」という翻訳スキルを見ておらず、そういったことで評価する人は多いと思います。(社内にあなたの母国語を評価できる人がいない)

この記事を参考に、翻訳の仕事をよりよいものにしていただければ幸いです。

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